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思い溢れる
昨日は、あるレッスンへ 生徒さんと行ってきました。


やはり、子どもたちって「言葉の魔法」によって、

いくらでも輝ける原石 だと思う。


そして「音楽」って「芸術」だから、

いくらでも 良い方向へ 変化をし、

変わって 作り上げていく「生き物」なんだ と。


ここ最近、私にとって 答えに難しい質問を されました。


例えば「先生は、あの時 ああいったけれど、一体 どう弾くのが 正しいのですか」


物凄く、こういう質問って 難しいのです。


音楽的に アーティキュレーションの切り方や 明らかにおかしな強弱だとか

そういうのは いくらでも「違いますよ」ということが言えるのですが、

数学などの お勉強とは 違って、

音楽には 公式があるわけでなく、

「これが 答えです!」という 弾き方は、正直 ないと思うのです。

あくまで、今の私の 考えです。(苦笑)

もしかすると、この考えも 数年後には

「いや、そうじゃない」って 変わってるかもしれないです。


音楽って、人 それぞれの感じ方で弾くから、

同じ曲でも それぞれ弾き方が違うし、

同じ人が弾いても、その日の 感じ方で 時が経てば 違う弾き方に

なり得るし、また それが 「生き物」である証かもしれません。



だから 余計に私は「こう弾くのが 正しいですよ!」という

一方的 私の感じたことの押し付けは したくないのです。

だって、それは 私が 感じたことであって、

その子が 感じたことではないから、

その子から溢れ出てくるものが 分泌されずに

終わってしまうでしょう。


分泌され 出てきたものを

もうちょっと こうしてみたら?

これもいいかもよ?

と お手伝いはしたいです。


創り上げていく作業こそが 芸術であり、

答えがないものであり、

だからこそ 創造性によって 色んな方向性もあり、

独特なものが 出来上がるのでは ないでしょうか。


基本「主は子どもたち」です。

ベースに私があっては、

何も 生まれないと思います。



今年のピアノ発表会の曲目も、

子どもたちに 決めてもらいました。

みんな それぞれです。


毎年 申し上げておりますが、何故 子どもたちが 曲を決めるのか。

・子どもたちが 自分で曲を決めて、それに向かって欲しい(自主性主体性を持って欲しい)

・曲選びの段階では、おうちの人と相談したりしながら、曲への関心を持ち、
ご家庭での コミュニケーションの一つとなって欲しい

・途中で 難しいと気づいても、投げ出さずに 最後まで やり遂げて欲しい

・ステージでそれを発表をし、自信を持って欲しい


などなど 色んな思いがありますが、

ご理解いただけると 幸いです。



そして、お母様方がもしかすると受けてきた「枠にハメる音楽教育」

と同じことを 私に求められるとしたら、

ちょっとそれとは 違う方法かもしれません。


は、想像力を抑制してしまいます。





何だか 書きながら、

人の流れに 逆らって歩いてるような・・・

鮭のような(笑)

気分になってきたので、

溢れる思いは ここで 止めておきたいと思います。・・・苦笑

また 思い立ったら、書き始めるかもしれません。

その時は、また お付き合いいただけると嬉しいです。

[2013/04/05 09:00 ] | 未分類
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