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間違い
間違っても、いいよ

と、気づかないうちに レッスンでも 家で娘にも 言っているようで、

間違いを恐れて、出したいものを出さないより

出したいものは出し切って、

それが間違いであれば、それを正せば済むこと


と考えています。


そもそも、出してみないと 子どもは

それが 間違いなことなんだって 気づくこともない。


それを 正してあげることが、

周りにいる 大人の役目だとも思う。


本当は出したいのに、出せないまま大人になってしまう子どもがいるのなら、

不憫でならない。


「いい子」で育ち、何の問題もないまま 大人になり、

もしそれが 大人になって爆発したとしたら、

きっとその時の方が、大きな問題へと発展してしまうと思う。



なので、やはり 私は自分の子どもへ 言ってしまう。


「間違ってもいいよ。

でもね、間違いを 繰り返しては ダメ。

一回やってみて、間違いだって 気づいたら、

2回やらないように、自分で 気をつけなくちゃね」



それをフォローするのが、親の役目かなと 思う。



頭で理解するよりも、

間違いを恐れず、体得して 学んで欲しい。


そうすることで、良いこと悪いことの本質を見ることができるのではないかな・・・。



~なので~

ピアノのレッスンでも、ミスタッチは 本人が「あっ!」って ミスを分かっている場合は、

あえてそこは、注意しません。


本人が 間違いを気づいている所を あえて言う必要もないし、

きっと 次は直すだろうし、

ミスタッチしている箇所ばかり 注意されて、ピアノが嫌いになってしまうのは不本意だし、

それで 出てくるものも 出てこなくなったら、悪循環ですし。。。



ピアノを「正しく弾くもの」と理解するより

表現するもの」と 考えたい。

[2010/03/18 08:57 ] | 未分類
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